整体は一つの表現方法

整体の仕事をしていると
結果的には患者さんへの「奉仕」
「命に触れること」だと思う。
 
 
そして、身体全体へのコミュニケーションの表れではないか?
 
表現方法の一つではないかと思います。
 
命という表現をどう見て、感じて、考えるのか?
 
 
整体という『仕事』?
 
 
自分の場合は、
仕事と趣味が重なり合っているような気もする。
 
 
仕事って思って対応してくる人が時として苦しくなる時があるので。
本当の意味で人に楽しんでもらう、良くしていくお手伝いだから「奉仕」だろう。
 
 
でも、建前上スタッフの前では仕事としているが
今後、事務系スタッフには仕事をしてもらい(笑)
 
 
 
整体師技術者には、アートを作る想いでやる事を伝えたい。
人の体を作る、命に触れる事も変化させていくからアートでもある。
 
 
整体は、『自由業』と勝手に思っていて、
自分の実力と整体を使って表現したい人のものではないかと。
 
 
「魔法使いになりたい!」という人
大いに歓迎です(笑)
そんな魔法みたいな整体を使えるようになってしまうから整体は面白い。
 
 
数稽古をして技術を磨かないといけない。
いつまでも自分の感覚を研ぎ澄ますことが大事だと思います。
 
 
 
実に不思議な仕事なのだ。
正直、無くてもいいじゃないかなと思うときもあるけど。
 
 
技術屋としていることも大事で
 
表現をしていくうえでも大事で
 
自分たち、人の健康を保つためには必要で
 
技術や人間性が出てくると感謝する仕事にかわるからとても不思議です。
と、言うより楽しくて仕方がない。
 
 
感謝されたぶんだけ返ってくるから。
だからやるべきだと思います。
人の為にも自分の為にも自利利他の精神で。
 

うちではコミュニケーションの一つでもある

 
 
うちの家庭においては、仕事から私が帰ると
妻と子供が「おかえりーーー」と迎えてくれた後に
 
 
「今夜、整体して」と言ってくれる、
私にとってはコミュニケーションの手段になっている。
 
「パパ、今日、小学校で走ったから足、つかれたーーー」と言われると、必ず私はリンパ施術と骨格を施術する。
 
 
施術していると子供はスヤスヤ寝てしまうので。
仕事でやって帰っても、なぜかそれが癒されるのだ。
 
整体とは面白いもので、技術が上がり、揉む事も無くなり
触るだけで体の変化を楽しめるようになってからは
施術をしているのに「施術者と患者」の二人が同時に治るようになってきた。
 
 
つまり私も常に快適でいれるのだ。
こんな良いことはない。ぜひ整体手技療法をやりたい人には
極めてもらいたい。もちろんそういった方法も教えています。
 
 
ただ、難点は時間、修業、経験が必要になる。
練習をしなくなるとできなくなる。
 
 
整体をしていてコミュニケーションや感覚が鋭くなるとやはり、言葉の攻撃や
態度の悪い人見てしまうとこっちがユガンで来ることがわかるから。
 
 
WILLAM A TILLERという人が言っている。
実際に私たちのセミナーでも意図、想いなどが形を変える事もやっている。
 
 
江本さんの水からの伝言の話で水の結晶などの変化がでるのもその典型だろう。
人間の体も水70%だからその水の変化が起こっていると思ってもおかしくない。
つまり、常に体は、体に触れなくても何らかの方法でコミュニケーションを取っているのだ。
 
 
家族とコミュニケーションを言葉以外でも触れ合えるこんな整体は素晴らしい。
 
 
次回は、奉仕、治療と言う事などについてお伝えします。
 
 
 

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